村田 滋 研究室 Murata Lab. |
東京大学大学院理学系研究科化学専攻(兼担) |
研究内容
光合成システムのモデル化
化学の眼でみた「光合成」
緑色植物や光合成細菌が行っている光合成では,脂質二分子膜上に配列したさまざまな分子により,きわめて効率よく光エネルギーが化学エネルギーに変換されています。その過程は,以下のようにまとめることができます.
私たちは,この一連の反応過程を有機化学的な見地から理解し,そのモデルとなるシステムを構築することを一つの目的として研究を進めています.
アンテナ分子による光捕集と励起エネルギー移動
↓
反応中心の光励起による光誘起電子移動と電子伝達
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生じた電荷分離状態による触媒的酸化還元反応
+
膜内外のプロトン勾配を利用したATPの合成
私たちは,この一連の反応過程を有機化学的な見地から理解し,そのモデルとなるシステムを構築することを一つの目的として研究を進めています.
ベシクルを反応場とする光誘起電子輸送反応
光合成は光を用いた電子移動反応です.効率のよい反応のために,生物は膜組織を利用しています.私たちは,人工的につくった膜組織を利用して,最も単純な光合成モデルを作成しました.この研究は,英国化学会の抄録誌に紹介されました(詳しくはこちら).
卵黄などから得られるリン脂質を水に投入すると,ベシクルとよばれる球状の二分子膜ができます.膜内に光を吸収する分子(ピレン誘導体,PyX),ベシクルの内部の水相(内水相)に電子供与体となるアルコルビン酸(ビタミンC,Asc-),外部の水溶液(外水相)に電子受容体となるメチルビオロゲン(MV2+)を配置し光を照射すると,内水相から外水相への方向性をもった電子輸送が起こります.これは,光合成と同じように,膜の内部から外部へ電子が移動していること,また光エネルギーを電荷分離のエネルギーに変換していることから,光合成のモデルということができます.
卵黄などから得られるリン脂質を水に投入すると,ベシクルとよばれる球状の二分子膜ができます.膜内に光を吸収する分子(ピレン誘導体,PyX),ベシクルの内部の水相(内水相)に電子供与体となるアルコルビン酸(ビタミンC,Asc-),外部の水溶液(外水相)に電子受容体となるメチルビオロゲン(MV2+)を配置し光を照射すると,内水相から外水相への方向性をもった電子輸送が起こります.これは,光合成と同じように,膜の内部から外部へ電子が移動していること,また光エネルギーを電荷分離のエネルギーに変換していることから,光合成のモデルということができます.
ベシクルを反応場とする光‐化学エネルギー変換
光誘起電子輸送反応系を緑色植物の光合成により近いシステムとするためには,この反応系を触媒的な酸化還元反応と結びつける必要があります.私たちは,光誘起電子輸送反応系に水を還元する触媒機能をもつ白金微粒子を加えることにより,水から水素を発生させることに成功しました.
また,紫外線しか吸収できないピレン誘導体に代わりRu(ルテニウム)錯体を用い,二酸化炭素を還元する触媒機能をもつRe(レニウム)錯体を触媒とすることによって,可視光によってCO2をCOに還元する系の構築にも成功しました.
イリジウム錯体の増感剤としての機能評価
増感剤としてのIr錯体
自然界の光合成では可視光を吸収する分子として,ポルフィリン誘導体が用いられています.実験室ではさまざまな有機色素やRu(ルテニウム)錯体を利用することが多いですが,私たちは有機ELの発光材料として使われているIr(イリジウム)錯体に注目しました.Ir錯体は,さまざまな配位子の組み合わせや置換基の導入が可能で,酸化還元電位,光の吸収波長,励起状態の寿命など,増感剤としての重要な物性を自由に制御することができます.現在,さまざまなIr錯体の合成を行い,その増感機能を詳しく調べています.
一重項酸素発生の増感剤となるIr錯体の開発
一重項酸素はふつうの酸素(三重項酸素)よりも高いエネルギーをもつ酸素分子であり,色素(増感剤)が吸収した光エネルギーを,三重項酸素に移動させることによって発生します.一重項酸素の発生反応は,光によってガン組織を破壊するガンの治療法に用いる反応としても有望とされています.私たちは,カチオン性Ir錯体 [Ir(ppy)2(bpy)]+が,一重項酸素発生のための優れた増感剤となることを発見しました.
可視光を効率よく吸収するIr錯体の開発
これまでIr錯体を増感剤として利用する際にRu錯体と比較して劣る点は,可視光領域の吸収が弱いことでした.私たちは,クマリン6という有機色素を結合させることによりこれを克服し,400〜500 nmの可視光領域にきわめて大きな吸収をもつカチオン性Ir錯体[Ir(C6)2(bpy)]+の合成に成功しました.さらにこの錯体は,Co錯体を触媒とする光水素発生反応の増感剤として機能することを見い出しました.この結果は,ChemViews Magazineにハイライトされ(詳しくはこちら),さらに日刊工業新聞にも紹介されました(詳しくはこちら).
有機光化学反応機構の解析
有機光化学反応
有機光化学反応の過程には,極めて短い寿命しかもたない化学物質が介在していることがよく あります。このような物質は一般に“反応中間体”と呼ばれますが,有機光化学反応の本質を 理解するには,この“反応中間体”に関する詳細な理解が必要です。私達は,日本に数台しかない 極低温マトリックス単離装置を駆使して“反応中間体”の直接観測を行い,有機光化学反応の 機構解明に向けて研究を進めています。また最近では,レーザー閃光分解装置を制作し, 常温溶液中における“反応中間体”の挙動も調べています。
極低温マトリックス単離法による反応中間体の直接観測
極低温マトリックス単離法は,通常観測することのできない反応中間体を直接観測する 為の手法の一つです。この手法を用いると,−263℃程度の極低温条件下,不活性媒体でつくら れる堅固なマトリックス中に不安定な反応中間体を閉じ込めることができます。マトリックスは, 高真空の実験装置内に設置された窓板に,アルゴンなどの不活性ガスとともに反応中間体の 前駆物質を吹き付けることでつくられます。このようにして単離された前駆物質に光を照射して 発生させた反応中間体は,周囲の不活性媒体や他の分子と反応することがない為, 数分から数時間といった,室温溶液中と比べてはるかに長い寿命をもつことになります。その結果, 赤外,あるいは紫外可視吸収スペクトルなどの通常の分光法による反応中間体の直接観測が可能と なります。